雑感

つれづれなるままに、


レントの期間

2022年もレントの期間を迎えています。レントは受難節とも呼ばれ、イエスキリストが十字架についてくださることを記念するGood Fridayまで、特別に自分を見直す時期です。今年の受難節は2022年3月2日の灰の水曜日(Ash Wednesday)から、Good Fridayの4月15日までまでです。
 ニネベという国がありました。今のイラクです。この国が腐敗し、悪が横行していたのを受けて、神様はヨナという予言者にメッセージを託してそこに行かせるのです。預言者ヨナがニネベの国に出かけて行って、ニネベの人々に、このままでは国が亡びると告げた時の記録を読んでみましょう。
「このことがニネベの王の耳に入ると、彼は王座から立ち上がって、王服を脱ぎ捨てて粗布をまとい、灰の上に座った。そして、王と大臣たちの命令によって、次のような布告がニネベに出された。「人も家畜も、牛も羊もみな、何も味わってはならない。草をはんだり、水を飲んだりしてはならない。人も家畜も、粗布を身にまとい、ひたすら神に願い、それぞれ悪の道と、その横暴な行いから立ち返れ。もしかすると、神が思い直してあわれみ、その燃える怒りを収められ、私たちは滅びないですむかもしれない。」ヨナ書(3章6節-9節)

王は灰の上に座って、国民に悔い改めを求めたのです。灰の上に座ったり、灰をかぶるというのは、自分のみじめさや弱さを神の前に示し、悲しみを表現する行為であり、神の憐れみを乞う姿勢を表しています。

私たちもこの時期、一呼吸おいて神の前に立ち、自分に謙虚になる時を持つようにしたいと願っています。

羊は安らかに草をはみ

聖書を読んでいて、ふと光が照らされたように思うときがあります。そして音楽を聴いて、光が照らされるように思うこともあります。

詩編の33篇を読んでいたとき、なぜかバッハの音楽を聴きたくなって、聞いてみました。たまたまその時見つけたのが、この曲でした。J. S. バッハの世俗カンタータの中でも一番古いものの一つと言われているこの曲、最初の部分は良く聞く、浮きたったようなメロディーです。しかしそのあとメランコリーな展開になっていき、深みを増していきます。そしてまた浮き立ったテーマに戻ります。

この曲を聴いて、詩編33を読んだとき、光の干渉というのでしょうか。まさに言葉が動き出すような感覚、命の脈動を感じました。

ダビデは音楽をもって主の賛美をするという点で主の賛美を革新した人でした。ダビデも何かこのような曲を奏でながら、こういう詩編を唱えていたのかもしれません。

ダビデは羊飼いでした。そしてイエス・キリストも「私はよい牧者です。」と言われています。

Rescue

”Rescue”という歌があります。Lauren Daigleというシンガーソングライターの歌です。心の傷、肉体の傷、そういうものを負っていて、誰にも言えないという人が、実はたくさんいるのです。自分が一人でそれをずっと背負っていくしかないと考えている人に、「あなたのSOS信号を聞いているよ、あなたの呼吸の合間合間に送られているSOS信号を聞いているよ」と言ってくださる方がいるのです。

そしてその方は天の軍団を送って、あなたを助けに来てくださるのです。真っ暗で何も見えない夜だとしても、救いに行くよと言ってくださるのです。私があなたを助けると言ってくださるのです。

Human Traffickingというのが、実は世界中で繰り広げられているということがわかってきました。人間の尊厳、平等を実現せよなんて言う言葉を公の場で口にしている人たちが、語ることすら憚られる汚らわしいことをしていることが少しづつ暴露されてきました。権力の力でそれが隠されているとしても、その方にはすべてお見通しです。

隠れているもので、あらわにされないものはなく、秘められたもので、明らかにされないものはありません。

マルコの福音書 4:22

自分だけ、みんな方隔絶されて、寂しい、孤独な場所にいると思っている人がいたとしても、その方にとって距離は全然関係ないと言ってくださるのです。天の軍団を送って、助けに行くからと言ってくださるのです。私があなたの隠れ家だ、あなたの武器だと言ってくださる方がいるのです。

それが私たちの神様、イエスキリストです。

もしまだ聞いたことがなければ、機会を作って、この曲を聞いてみてください。