Essential Church

Essential Churchという映画が7/28/23米国で公開された。

この映画のタイトルがEssential Churchとなっていることで、思い当たる方もおられるだろう。ロックダウン騒ぎの中、エッセンシャルでない活動は、皆ロックダウンするようにという政府からの指示が出た。あなたはエッセンシャル。あなたはエッセンシャルではないと、エッセンシャルかどうかは政府が下されたことに、違和感を覚えた方は多くおられるのではないだろうか。そして教会はエッセンシャルの中に入っていなかった。果たして、教会はエッセンシャルではないのだろうか。教会は神によって、神のメッセージを委ねられた機関であって、決してなくてもよいものではないのである。

COVID 19によるロックダウンの命令が出る中で、アメリカの教会、カナダの教会の中で、それはおかしいと言って、集会を続けたいくつかの教会のドキュメンタリーである。

いくつかの教会のうちの一つのアメリカの教会はカリフォルニア州のGrace Community ChurchでJohn McCarthurが主任牧師を務める教会である。John McCarthurは私も使っているStudy Bibleなど多数の著書もある聖書に忠実な保守派の牧師である。

彼らは、Covidのために、ロックダウンの指示が出た後、教会はどう対応するか教会の中で協議し、決断をしていく。政府に従わなければならないというローマ人への手紙13章の記述をもとに、政府の指示に従うべきだというグループ、教会の礼拝に政府が口を出すべきではない、教会は開けておくべきだし、マスクも強制すべきではないし、6フィートのソシャルディスタンスも強制すべきではないというグループが対立する。結局対面礼拝を続けることになったものの、政府はそれを快く思わず、法廷闘争になる。他の教会でも政府の指示に従わないという事で、牧師が逮捕されて、刑務所に35日入れられたところもあった。ある教会では信徒が中に入れないように、政府によって鍵が付け替えられた。またフェンスが建てられて中に入れなくなった。それらのニュース報道を覚えている方もおられるだろう。まさに一触即発の状況に至った教会もあったのである。

 歴史を振り返ると、国家と教会の軋轢というのは、ずっと続いてきたことがわかる。スコットランドでも国王の指示に従わない信徒が、首吊りの刑になった跡地がいまでもあるし、川の中に建てられた支柱に縛られ、溺死させられた事件もある。

今回は、法廷闘争の中で彼らは勝つのであるが、そのような戦いに挑むこともなく、何の疑いもなく政府の指示を受け従った教会は無数にある。これこそが教会の大きな問題だと言えないだろうか。その結果、教会の対応が、神への信仰を人々に失わせるつまづきになった可能性は否めない。その意味で、それぞれの教会が悔い改めるべき問題である。

今後国家の締め付けは手を変え、品を変えて厳しくなることは自明である。そのような事態があったとき、それぞれの教会はあくまでも主が教会の頭であって、国家ではないという事を念頭に、今から備えなければならない。

何より教会の中が分断され、教会を去ってしまった人々も多いことが記録されている。これはどの教会でも起きたことである。

今回、コロナによって、多くの人が死ぬのではないかというマスコミのニュースに乗せられて、多くの人は恐怖心にとらわれてしまった。この恐怖心こそ私たちの判断を曇らせる最大の要因である。今度も病気を使って恐怖をあおることは必ずあると思われる。またそれ以外の形で人々の判断を鈍らせる仕掛けをしてくる可能性も十分にある。そのような中でも、感情に支配されることなく、キリストが頭であるという事を念頭に、今回のコロナ騒ぎでの対応を反省し、教会の使命を全うしていこうではないか。教会は神様によって立てられた機関であることを決して忘れてはならない。そしてそれは国より下の組織ではないのである。

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noahuehara

I am a pastor of Mikuni Bible Fellowship.

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